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ガードレールを飛び越えて

大急ぎで日本地図を広げて、コンパスで尺度を測って20キロ、30キロ、
40キロの同心円を書いた。

東京経由だと大混雑に巻き込まれるかもしれないから新潟から日本海を回って鹿児島まで陸路で来れるコースを調べて、1日遅れてやっと連絡の取れた実家へFaxした。

両親は富山の親戚のところまできてお世話になり、会津若松へ戻っていった。


それから毎日、福島県庁が出す空間線量のデータを自分のPCに落として1日当たりの積算量を出した。

確実に溜まっていく放射能の積算量が危険な状態になるまでの時間が知りたかったからだ。

あの日からボクは変わったんだと思う。

こうやって暮らしている今も心のどこかに常に福島のことがある。

なぜあんなことになってしまったんだろう?

原子力発電所に絡むことだけが悪で自分達にはまるで非はないのか?

加害者と被害者という簡単な区別と感情論だけで全部すましてしまっていいのか?

もしも悪があるとするならば、ひとりひとりの中に潜む利己主義や恨みや優越感や、
そうやっておざなりにしてきたもの全てが原因なんじゃないか?


だとしたら、ボクらが変わることで本当に世界が変わるかもしれない。

そう思えるのに1年かかった。

あの日から1年後の2012年3月11日。

鹿児島では原発に対する意見を行動しようというパレードが行われた。

ボクはその中でサウンドデモに参加してトラックの荷台で仲間達と歌った。

歌うことで何かが変わるなんてボクは思わない。

世界はシンプルだけどそんなに単純ではない。

だけどボクが歌うことでボクは確実に変わることができた。

 
何も知らないのは恥ずかしいこと。

知っているのに何もしないのはもっと恥ずかしいこと。

何かをするためにどこまでやるかを決めるのは本人の自由意思だから、

どれだけすごいことをしたとか量やニュース性は問題ではない。

だけど少しでも知ってしまった今、ボクは歌うことに決めた。

 
歩道の端にあるガードレール。

それは世界を見えなくしている境界線かもしれない。

飛び越えてパレードに中へ入るのはとても簡単なことだとあなたの足は言うだろう。

 
2013年3月10日。

さよなら原発鹿児島パレード。

今年もボクはサウンドカーの荷台に乗って歌うことに決めた。
 

手を振って自分に正直にはにかみながらこちらにやってくるあなたをボクらは喜んで待っています。

いっしょに歩きたいんだ。


Text By ぢゃん(武者ドレッド)

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2013.02.20 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 未分類

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